文春文庫

1974年創刊。一見して紙質が安っぽく,表紙のデザインもそっけなく,新潮や角川などと比べて,書店では地味な存在である。しかし内容をみれば,さすがに豊富な作家・作品を抱える文芸春秋ならではの,充実した書目を揃えている。

自社単行本中心ではあるが,芥川賞,直木賞作家,サントリーミステリー大賞作家などを擁しているうえに,得意のノンフィクションを充実させてきているので,話題作や人気作にはこと欠かない。アンソロジーの類もまとめ方がうまい。旺文社文庫がなくなった後,三國一郎編の「証言・私の昭和史」シリーズを編集したのなど慧眼といえる。

また,最近流行のビジュアル文庫も文春が先鞭をつけた。ただし,マンガのアンソロジーはさほど感心できない。「懐かしのヒーローマンガ大全集」など売れ行きは抜群らしいけれども,あまり面白くはない。「鉄腕アトム」「赤胴鈴之助」「まぼろし探偵」といった大長期連載マンガを細切れにして並べても,結局は「読み足りない」という不満足感が残るだけなのである。
編者の姿勢も疑問。堀江卓の「矢車剣之助」が新しい描き下ろしとはガックリもいいところで,これでは"懐かしの"の意味がないではないか。と企画がなまじっか嬉しいものだけに文句をつけたくなる。

ビジュアル版でいいのは,マンガではなく「お守り図鑑」とか「建築探偵術入門」とか「サンフランシスコがいちばん美しいとき」といった面白い狙いの本である。とくに「サンフランシスコ....」は写真が美しく,文章も現代アメリカの一面を切り取っていて,とても結構。

もう一つ見逃してならないのは,海外ミステリ部門。この路線が並々ならぬ強みを発揮している。優秀作品をずらりと取り揃えているというわけではない。中の下クラスからせいぜい上の下クラスまでの作品が多いのだが,サラリーマン層を中心によく売れるのである。

同程度の面白さの本ならば,ハヤカワ・ミステリ文庫や創元推理文庫よりアピール度が高いように思える。ハヤカワや創元だといかにも本格派で専門的な雰囲気があるが,文春は一般向けの感じなので,付き合いやすいのであろう。

この文春海外ミステリー人気の密かな後ろ盾となっているのが,年末に「週刊文春」誌上で開催される<ミステリー・ベスト10>である。このベストワンには往々にして,文春文庫の収録作品が選ばれる。選ばれない場合でも上位にくる。数十万部の発行部数を誇る週刊誌がそれらを大きく取り上げるのだから,反響も大きい。

このベストテンごっこは,年末の行事として定着した。それは文春の海外ミステリー路線が,読者の間で定着したということでもある

ただし,この海外ミステリー群も,すでに古いものは書棚から姿を消しつつある。中の下クラスのものは,うっかりしていると絶版になってしまう恐れもあるからご注意,ご注意。