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3月30〜31日 妹尾河童「河童が覗いた仕事師12人」(新潮文庫)にフレッシュマン向けの帯が巻いてあったのを,新刊と勘違いして買ってきた。覗いた・・・といってもいつもの俯瞰図は無く,河童氏が,井上ひさし,篠山紀信,三国清三,立花 隆,三宅一生などといった面々の書斎や仕事場を訪ねての対談集である。リラックスした風でいながら,河童氏の観察は実に細かく,その柔らかくも鋭い突っ込みによって,相手の反応が,かなり生っぽくなっているのが面白い。映画の舞台装置を作ることになった河童氏が,あらかじめ作り上げていた模型を企画会議で絶妙なタイミングで出してくる話など,舞台美術家としての策士ぶりもうかがえる。元本は昭和62年刊なので,出てくる人はみなそれなりに若々しい。
3月29日 桜が咲いたかと思ったら,突然の寒波。職場には新人が入り,なにかと落ち着かない日々を送っているなか,書棚から岩波文庫ギッシング「南イタリア周遊記」を取り出してみた。ギッシングは3度イタリアを訪れており,本書はその晩年,2度目の夫人と別れ,体調も優れない時期,3度目のイタリア旅行を試みた際の記録である。数々の逆境にめげず,南イタリアの古代文明の名残にわずかな慰安を見いだしたギッシングは,貧しくも暖かな南イタリアの風物を落ち着いた筆致で描き出している。もっとも,当時の南イタリアは,決して外国からの旅行者にとって愛想のいいところではなく,ギッシングの旅も物見遊山とはほど遠く,やはり巡礼の旅の趣がある。原題は「イオニア海のほとりで」。
3月26〜28日 復刊されたディドロ「盲人書簡」を読む。『生来の盲人が急に眼が見えるようになった時,目前の対象を識別できるかどうかという問題を,当時のフランス啓蒙学者は競って論及した。たまたま,一盲目の少女が手術によって開眼したという事件に刺戟されたディドロは,盲人の数学者と彼の死の床に登場する牧師とのふたりの対話によって彼の唯物的,無神論的見解を展開させる』。 ディドロ(1713‐1784)はフランスの哲学者,文学者。ラングルに生る。クレルモン学院で古典学,自然学,哲学を学び,同市に定住して,文筆生活を営み,ルソー,コンディヤックと相知る。シャフツベリの『徳と真価についての研究』を翻訳し,神学と狂信を批判して理神論に達したが,『盲人書簡』で唯物論および無神論の傾向を示し,このため一時投獄された。これよりさき『百科全書』の編集を企て,ダランベールを協力者としてモンテスキュー,ビュフォン,ルソー,ケネー,ドルバックら多くの寄稿を得て,前後21年を費やした。そのうち第8巻以後は秘密出版であったが,本文17巻を完成,更に図版11巻を出した。この巨大な全書の内容は中世的偏見の打破,宗教の批判,教会および専制政治への反対をふくんでおり,18世紀の思想運動に重大な寄与をなした。この間にもディドロは多くの著作を書き,グリムの『文芸通信』にも寄稿し,またロシアのエカテリーナ二世から年金を支給されて,ペテルブルグにも赴いた。ディドロの唯物論は数学的物理学よりは化学,生物学に基づき物質を多くの異質的原子の結合とし,原子に潜在的感覚を想定して意識の発現を説明した。文学者としては戯曲,批評,小説に多くの作品があり,前代の貴族的古典主義に反対して市民的リアリズムを示した。(AKAMAC E-text Links) 岩波文庫には,「ダランベールの夢」,「哲学断想」,「百科全書」,「ブーガンヴィル航海記補遺」,「ラモーの甥」がある。
3月23〜25日 出張の準備で,バタバタしていて,ようやく「文学的回想」を読み終わった。本書の最後には,ベリンスキーの想い出が収録されている。革命家人名事典によると,『ベリンスキー(ヴィッサリオン・グリゴーリヴィチ)1811-48 スヴェアボルクの海軍軍医の子として生まれる。サパートニキの指導者の一人。文芸批評家。『文学的空想』で文壇デビュー。ゲルツェンとの交遊を通じて農奴制と専制と協会の批判者となる。『祖国雑記』『現代人』誌などで活躍、「自然派」と呼ばれる革新的文学グループを結成。「ロシアの痼疾は個人的独立の欠如にある」とし、個人的権利の解放が行われない限りロシアの将来はヨーロッパにとって危険であると論じた。肺結核で死去』。ドストエフスキーの貧しき人々を激賞し,世に出したのもベリンスキーだ。岩波文庫「ロシア文学評論集」(1950)には,ドストエフスキーをはじめ,当時のロシア文壇のリアルタイムな批評がある。
3月22日 復刊されたパナーエフの「文学的回想」を読んでいる。パナーエフは1812年3月生まれのロシアの作家で,1840年代を中心に文壇の中心で活躍した。自宅は有名な文藝サロンとなり,多くの作家,音楽家などが出入りした。その中には若き日のドストエフスキーもおり,のちに「回想録」の著者として有名になったパナーエフ夫人は,彼の「初恋の人」だと言われている。「文学的回想」は,バナーエフの死により中途で途絶したが,当時のロシア文学を知る上で,重要な記録となり,現在でも読みつがれている。周囲の期待に反抗的だった少年時代,気に染まない役所勤めを放棄し文学の道に進んでからは,流行作家たちの欺瞞に満ちた交友関係に辛らつな批判を加えるなど,問題の書として,出版当時は公開されない部分も多かった。今回の復刊本は,精細かつ率直な記述,しかもユーモアに欠けることがないパナーエフの書きぶりと,平易な訳文で,親しみのない名前が次々と出てくる割には,楽しく読み進むことができる。
3月21日 「猟奇」のコラムに水谷 準のことが盛んに出ていたのだが,驚いたことに,その水谷 準が昨日亡くなった。新聞によると,『水谷 準氏(みずたに・じゅん=作家,翻訳家,本名納谷三千男=なや・みちお)は,20日午後2時5分,肺がんで死去,97歳。通夜は22日午後6時,葬儀・告別式は23日正午から東京都武蔵野市吉祥寺南町2の9の4の正福寺で。横溝正史,夢野久作らを生んだ雑誌「新青年」を拠点に探偵推理小説を発表,のち編集長。戦後は執筆に専念,作品に「ある決闘」(日本探偵作家クラブ賞),「夜獣」など。ゴルフにも通じ,教則本の古典とされるベン・ホーガン著「モダン・ゴルフ」の翻訳などゴルフライターとしても知られた。』
3月19〜20日 暖かい日が続いているのは嬉しいですが,とびとびで休むというのも,かえって疲れますな。20日は久しぶりに墓参りに行ってきました。息子は,「幼稚園に行きますのでよろしくお願いします!」なんて,何がよろしくだかわかりませんが,お願いしていました。 「猟奇」で面白いのはコラムだ!という評判通り,今回の傑作選にも多数収録されているコラム「りょうき」は楽しかった。中身は,新青年や他の探偵雑誌,作家・出版社の短評なのですが,なかなか辛辣で,乱歩なども結構ひどいことを言われています。現在の雑誌でこういうコラムってのは,書けないだろし,そもそも出版社は人気作家の奪い合いだから,そんな歯向かうなんて....。
3月15〜18日 「猟奇」傑作選を読む。夢野久作「瓶詰め地獄」をはじめ,短いものが多いが,なかなか楽しい。夢野久作といえば,私は現代教養文庫の傑作選で読んでいたのだが,より広範な作品を収録したちくま文庫の全集(1992)は現役で出ているよう。また,青空文庫には,47作品が収録されている。
3月14日 ずいぶん暖かくなり,コートを着ていこうかどうしようかと迷うほど。私自身は花粉症というわけではないのですが,それでも目が痒くなっています。電車でも,マスクをしている人がたくさん。ピーターが強引な大団円のうちに終わり,つぎはパナーエフの文学的回想にするか,と考えています。
3月13日 やっと「盲人書簡」が届く。ピーター・シムプルは,まだ下巻の途中。といっても,読む時間がなかなかとれないだけで,中身は面白い。カミサンは熱心に梅宮アンナの本を読んでいる。光文社文庫からシリーズで出ている幻の探偵雑誌,今月発売の第6弾は「「猟奇」傑作選」。「猟奇」は,昭和3年関西の作家仲間により創刊。創作は短編がほとんどだったが,力作をそろえ,歯に衣着せぬコラムが人気だった。江戸川乱歩は,「小粒ながらピリリとした愉快な雑誌」と評した。「探偵小説雑誌」としては,5年続いた長命雑誌でもあった。(光文社)
3月12日 相変わらずピーター・シムプルを読んでいるわけですが,上巻は初版が1941年,中巻は42年ということで,活字の大きさが違います。これは戦時中の国からの要請に応えたもののようですが,比べてみれば,やはり大きい方が読みやすい。以前は,細かい活字でギッシリ詰まっていると,「お得」な感じがして嬉しかったのですが,やはり私が歳をとったのでしょうか^^;;。
3月11日 JR新橋駅前機関車広場では,恒例の大古本市が開催中です。一般的な読み物や実用書中心ですが,車中読書には相応しい品揃えかも。もちろん,宅配便の手配もしてくれます。文庫本では,岩波文庫の新しめのもの,戦前のもの若干,改造文庫若干が目に付いた程度。
3月7〜10日 復刊されたピーター・シムプルは,昭和16年の初版ながら,版面も綺麗だし,なかなか読みやすいのでお薦めです。東京創元社[世界大ロマン全集]で出ていた「ピーター候補生」も同作品。Frederick Marryatの英国海軍での活躍ぶりは,ここで。ヂィドロ「盲人書簡」だけ,まだ届かない....。 子供を日本脳炎の予防接種に連れて行く。以前は大泣きだったのに,最近では「注射は痛いんだよね〜」と言うだけで,ビクともしない。注射好き(マゾか?)の私に似たのか。義父の具合が悪いので,カミサンは見舞いに行き,我々は留守番。海浜公園にでも行こうかと思ったが,風が強いと海は駄目なんだよ!とのことで,TVゲームなぞ。お気楽な週末。
3月6日 まだドン・キホーテ続編の途中。今月の岩波文庫新刊は,「考史遊記」(桑原隲蔵),「国富論3」(アダム・スミス),「ドン・キホーテ(続編)2,3」(セルバンテス),「トロツキー わが生涯 下」の5点。「考史遊記」は,『白鳥庫吉,内藤湖南などとならぶ東洋史学創始者の1人である桑原隲蔵(1870−1931)が,明治40年から2年間,中国に留学した折の旅行記を集成。洛陽,西安,咸陽,泰山,曲阜,内モンゴルなどの主要な史蹟,旧址,陵墓,碑碣等について,その当時の状況を述べた貴重な記録。中国旅行案内の古典。写真多数。』とのこと。京都大学東洋史の初代の教授である桑原隲蔵は,仏文学者桑原武夫の父。
3月5日 「ドン・キホーテ」の続編を読んでいます。後編は読んでいない人が多いんじゃないかな。わたしも,今回ゆっくり読んでみて,これは面白い,とあらためて気がついた次第。ドン・キホーテについては,TaroさんのDear Mr. Iwanami...にわかりやすいストーリーが載っています(Taroさん,ご結婚おめでとうございます)。ところで,先日復刊したばかりの岩波文庫ラヴェッソン「習慣論」が在庫リストにないけど,もう品切れかな?
3月2〜4日 週末は久しぶりに東京ディズニーランドへ行ってきました。土曜日は比較的空いており,アトラクションによっては待ち時間なし,日曜日の午前中は大雨で散々でしたが,午後には回復。やや混んでいたものの,それでもプーさんのハニーハントがわずか60分まちというのは閑散期ならでは。「プラテーロとわたし」を読み終わりましたが,同じ訳者の岩波少年文庫版のほうが,雰囲気が出ていたような気がします。挿し絵のせいかな。
3月1日 はやくも3月ですね。なじみ深い生島遼一訳にかわって,新潮文庫より「決定版 第二の性」(ボーヴォワール,井上たか子ほか訳)が出ます。最近の研究によると,人間は受精してからしばらくは女性の体として発育し,次第に男性のみ分化していくとのこと(もっと面白くても理科・参照)。脳の仕組みも,もともと男性と女性ではかなり差があるそうですから,果たして性差に関する環境の影響というのは,どこまであるのでしょう。
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