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4月30日 「嬉遊笑覧(1)」は電車の中での拾い読みに良いですな。連休で多少ラッシュも緩和されているので余計に捗る感じ。10年ほど前に貰った万年筆が出てきた。セーラーのDAKSシリーズで,ブルーブラックのインクが入れたまま。当然,ペン先一帯は固着していてインクが流れない。ぬるま湯につけ込んで,少しずつ溶かしだしているが,まだ数日かかりそうだ。最近,万年筆を使っている人を見かけなくなったが,私は悪筆ながら万年筆好きで(ボールペンだと下手すぎて自分でも読めない....),宅急便や銀行の伝票以外は万年筆で書くようにしている。万年筆の出荷最盛期は,昭和40年代前半だそうで,我々はたぶん,「最後の」万年筆世代なのだろう。中学生になったときは,記念に貰ったし,父が帰国したときの土産も,シンガポールあたりで買ったパーカーやヒーロー(懐かしいですな)だった。万年筆のページというのもある。
4月25〜29日 すっかり連休モードに入ってしまい,ちょっと気合い不足。この間,27日は自転車で図書館へ行き,午後は息子のサッカー教室のおつき合い。28日は,久しぶりに東京ディズニーランド。連休中日なのにそれほどの混雑もなく,ちょっと拍子抜け。29日は,カミサンの命令で庭の植栽の手入れと,テーブルやイスのペンキ塗り。読書とは縁遠い連休前半でした。 四国の雑誌発売日2日目発売に改善-香川・愛媛・高知の雑誌発売日が6月11日発売分から2日目地区に繰り上がることが決まった。瀬戸内海をはさんで岡山・広島と1日の差,首都圏と2日の差は,今後首都圏と1日差に縮まる。これにより,従来は水曜発売だった『週刊現代』『週刊ポスト』が火曜発売になるなど,週刊誌23誌で発売日が早くなるほか,一般誌も発売日が1日繰り上がる。幼年・幼児誌,少年誌などの計画誌については現状でも発売日の遅れはない。また,四国4県のうち徳島県は,従来から2日目地区になっていた。(書店新聞)
4月23〜24日 岩波文庫「ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代」が完結した。前回,関泰祐訳(マイステル,でしたな)で出たのが1964〜5年だから,約40年ぶりの新訳となる。なかなか最後まで興味を持ち読み続けるのは厳しいが,これも教養小説らしい試練だと思えば....。
4月22日 岩波文庫の新訳「リチャード三世」を読む。もとより原文と逐一あたるわけではない自分にとって,シェークスピアの訳の良し悪しは,読んでいて違和感を感じるかどうかにかかっている。その点,この木下順二訳は,かなり自然に読むことができた。木下順二は,昭和11年東京大学英文科に入学し,中野好夫のもとでエリザベス朝期の演劇史,なかでもシェイクスピアを専攻。在学中は東大YMCAのメンバーとして活躍し,その指導をしていた女優・山本安英の影響で演劇に関心を持ち,その後戯曲創作に専念。リチャード三世の文庫本には,新潮文庫に福田恒存訳,角川文庫に福原麟太郎・大山俊一(旧訳)と三神 勲(新訳),旺文社文庫に大山俊一訳がある。「リチャード三世」は,明解なストーリーで,歴史的な背景が分からなくても楽しく読めるが,この時代の薔薇戦争については。「文学・歴史の20」か,「英国の歴史」が参考となる。
4月20〜21日 この週末は天気が今ひとつで残念。ドリトル先生問題のその後....。『故井伏鱒二氏の翻訳で親しまれてきた「ドリトル先生物語」の「差別的表現」が議論になっている。岩波書店は昨年9月,最新の「岩波少年文庫」版に「ニガー川」「つんぼ」など黒人や障害者への差別表現があることを市民団体に指摘され,回収を求められた。担当者が見落としたためらしいが,岩波書店は「故人の作品の根幹に手を加えることは,適切な態度とは思えない」と回収せず,読者へのお断りで対応することを決めた。「ドリトル先生」は,動物の言葉を話せる医師が,動物とともに繰り広げる物語。岩波書店によると,英国出身の作家ヒュー・ロフティングの原作を井伏氏が翻訳し,51年に「ドリトル先生アフリカゆき」を刊行した。その後も刊行を重ね,全12巻の全集版と,文庫版にまとめ,00年に新版の文庫版を出した。市民団体「黒人差別をなくす会」が点検したところ,「めくら」「気ちがいじみた」などの表現が約100カ所見つかった。アフリカ西部を流れるニジェール川を,黒人を蔑視(べっし)する「ニガー」という言葉を使って「ニガー川」と表記した部分も23カ所あった。原文そのものに,そのような表現があった部分もあるが,井伏氏の翻訳で「差別的表現」になったところもあるという。ニガー川については井伏氏の誤訳とみられ,次の印刷時点で改める。すでに全集,文庫版合わせて約4万冊(2001年10月時点)が市場に出回っている。岩波書店は協議の結果,本は回収せず,「ニガー川」以外の表現については,改めるかどうかを検討するという。その代わり,この作品が掲載されている全集や文庫版に,「読者のみなさまへ」と題する文書を差し込む。文書では,侮辱されたと感じる人がいる以上,「その声に真剣に耳を傾ける」と断ったうえで,「故人の作品の根幹に手を加えることは,古典的な文化遺産をまもっていく責務を負う出版社として賢明ではない」ともしている。時代を超えて読みつがれる作品の場合,時間とともに読者が表現に違和感を持つことは少なくない。手を入れるべきかどうか,どういう表現がふさわしいのか,悩むこともあるという。これに対し,黒人差別をなくす会副会長の有田利二さん(大阪府堺市)は「ドリトル先生シリーズのこれまでの改訂でも差別表現を別の表現にかえてきた。問題があることは知っていたはずだ。子ども向けの本には細心の配慮をすべきなのに,問題に気づいていながら出版を続けてきた姿勢に強い憤りを感じる」と話していた。(朝日新聞より) ちなみに,ニジェール川の語源は,遊牧民ツアレグ族により,この川がニエジーレンn'egiren「川」,またはエジーレンegiren「川」と呼ばれていたことによる。これがフランス人に伝えられ,ニジェールと転訛した,とのこと(牧英夫編著「世界地名ルーツ辞典」)。
4月19日 古い記事なので,消えてしまう前に転載(東京新聞より)。
88/02/20 東京夕刊 社会面 『今なぜ「ローマ帝国衰亡史」 復刊岩波文庫が異常な人気 数千セット増刷中』
4月18日 朝起きたら24℃....暑くなってきました。4月の新刊「法然上人絵伝」について。本書は,平安時代の終わりに浄土宗を開いた法然上人の伝記を絵巻であらわしたもの。法然上人は,1133年に岡山県の地方武士の家に生まれ,父親亡き後,その遺言で出家して都に上り,比叡山で修行しました。そして戦乱の続く時代の人々を救うためにはどうしたらよいかを考え,「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」という念仏(ねんぶつ)を唱(とな)えることによって,阿弥陀如来(あみだにょらい)に救われ,極楽(ごくらく)に生まれ変われるという浄土の教えを広めました。法然上人は,念仏の教えを嫌う人たちの圧力によって,一時讃岐国に流されましたが,そのほかはずっと京都にいて,1212年に亡くなるまで,都の貴族や民衆に浄土の教えを広めた人です。この法然上人絵伝のように,仏教の新しい宗派を開いたお坊さんや,徳の高いお坊さんの伝記をあらわした絵巻を「高僧伝絵」と呼びます。高祖伝絵は鎌倉時代にとても多く作られました。この時代に新しく始められた宗派では,宗派を開いた宗祖に対する信仰が強く,新しく信者を獲得するためにもそのお坊さんの伝絵を作ることが重要であったのです。特に法然上人の始めた浄土宗では伝絵を作ることに熱心で,いくつもの違った種類の法然上人絵伝があります。本書は,そのうち知恩院に伝来しているもので,その誕生から入寂に至る行状のほか,法語,消息,著述などの思想もあらわし,さらに門弟の列伝,帰依者(天皇,公家,武家)の事蹟までをも含んで四八巻に構成している日本の絵巻のなかで最も巻数の多い絵巻として有名なものです。後伏見上皇の勅命で,比叡山功徳院の舜昌法印(知恩院九世)が徳治二年(一三〇七)から十余年をかけて制作したと伝えられています。高僧伝絵は,宗教的な意味あいから作られたものですが,現代の私たちにとっては,絵画として楽しむことができますし,また,昔のようすを知る貴重な資料にもなっています。
4月17日 そろそろ4月の新刊が書店に並ぶ頃だと思うのですが,今月は「嬉遊笑覧(1)」(喜多村いん庭;いんは竹冠に均)が面白い。江戸風俗の百科事典と呼ばれ,ネタの宝庫。居所,容儀,服飾,器用,書画,詩歌,武事,雑伎,宴会,歌舞,音曲,玩弄,行遊,祭祀,慶賀,方術,娼妓,言語,飲食,火燭,商売,乞士,禽蟲,漁労,草木,付録の各編からなる。編集部によると,『今回の文庫版では,静嘉堂文庫蔵の自筆稿本を底本にしました。自筆稿本は巻一を欠いているため,これまで活字になっていなかったものです。(巻一は,東洋文庫蔵の写本を底本にしました)。なお,第二冊以降の刊行予定はまだ立っておりません。あらかじめお詫び申し上げます。』あらあら....。現在入手できるのは,名著刊行会版(上下各600頁ほどで明治期刊行本復刻版25000円)と,日本随筆大成版(吉川弘文館,全4巻各巻2800円)がある。江戸百科といえば,「守貞漫稿」も有名だが,時代的には「嬉遊笑覧」の方が古く,出典が明記されており,資料的な価値は高い。ただ,イラストが豊富な「守貞漫稿」に比べて堅苦しいのは確か。
4月16日 岩波文庫新刊「四季をめぐる51のプロポ」(アラン)を読む。四季とはいっても,季節の風物を語ろうとして書かれたものではなく,アランが地元の新聞に,折に触れて書きつづった事々を,あらためて四季にちなんで編んだもの。つらつらと読んでいると,これがもしこのまま我が国の新聞に載っていたら,果たして読む人がいるのだろうか?と疑問に思った。それが翻訳の問題なのか,フランス人の哲学に関する感覚が我々と違うのか....。とにかくスッと心に入ってこないのが残念。「アランの言葉」も参考になります。
4月15日 新しい新書シリーズ・PHPエル新書が創刊された。特徴は,各界の著名人がそれぞれの得意な分野について執筆。女性や若い世代も読者ターゲット。従来の新書版より横幅の広い判型。装丁は各企画にあわせて1冊1冊異なるデザイン。表紙・本文にはカラー写真やイラスト。活字は読みやすい14級にした,とのこと(栞の片面が罫線だけというのも面白い。感想でもメモしたらよいのか)。さっそくその中の一冊「生活骨董。」を読む(モー娘じゃないのにこの。はなんだ?)。著者・麻生圭子といえば作詞家だったのに,いつのまにか京都に移り住んで,京都生活評論家になっているらしい。プロフィールによると,1957年生まれ。大学在学中に結婚し3年で離婚,ベルリンへ渡る。26歳で作詞家デビュー。小泉今日子,吉川晃司などのヒット曲を800曲以上手がける。96年再婚を機に京都に移り,現在は,新聞・雑誌のほか講演など多方面で活躍中。本書は,「骨董というと,一般的には高くて,知識が必要で,高尚なイメージがあり,興味はあるが買うには腰が引けてしまうという人が多いのではないでしょうか。しかし,この本で提案する「生活骨董」は,けっして敷居の高いものではなく,鑑賞や蒐集を目的としない生活のための骨董であり,些細で質素な道具たちを実生活に取り入れ,使いこなしていくものです。ガラクタ呼ばわりされている古道具でも職人の手によるものであれば,その職人の心が感じられ,使い心地が違うものです。」 しかし,あまたある骨董指南書よりもスノッブな感じがして,なんとなく無理があると感じてしまうのは,こちらの僻みか。
4月12〜14日 岩波文庫新刊「雍州府志―近世京都案内」(上)を読む。1684年に歴史家・黒川道祐がまとめた山城国(京都府南部)の地誌。雍州は,唐の都長安のあった州名で,それに比して都のある地の意。道祐は洛中洛外を実地踏査し,京都とその近郊の地理,寺社仏閣,土産物,陵墓などをつぶさに調べ,この「京都百科事典」を完成させた。上巻には概説と神社,寺院の部を収録。文庫以外では,臨川書店版(1997年,6500円)あり。
4月11日 岩波文庫新刊「みなかみ紀行」(若山牧水)を一気に読む。大正期,利根川の源を訪ねて,長野県・群馬県・栃木県を巡った旅の記録。歌を詠みつつ,鄙びた温泉を訪ね歩くと,土地の人々との出会いがあり,酒と友がいる。その健脚振りと,ときには酷い目に遭いながらも,それも旅の楽しみとする牧水の大らかさに感心。かの地では,いまでも牧水ゆかりの温泉を名乗っているところは多い。中公文庫からも出ている「みなかみ紀行」については,旅のホームページも参考になります。
4月10日 新刊「書斎曼陀羅−本と闘う日々」(全2冊)を読む。講談社「インポケット」に連載された磯田和一さんによる作家の書斎訪問記をまとめたもの。本棚だけでは足りずに,床にも本を立て置きして敷き詰め,その上をこわごわ歩かされる家や,窓も階段も本で塞がれてしまった素敵な洋館だったはずの家,ドア代わりに本棚を目かくしにしたトイレのある書斎,グランドピアノの上や下まで本が詰め込まれ,鍵盤の蓋を開けることさえままならない家など,精緻なイラストと作家本人への聞き書きでリアルに再現していて面白い。乱雑さには自信がある我が家の書棚も,これに比べれば,まだまだ子供の本棚みたいなもの....。
4月9日 以前は,新入学シーズンといえば,小学生は新しい鉛筆,中学生や高校生は新しい万年筆(中学一年生なんていう雑誌を年間購読すると,かならず万年筆のプレゼントなどありましたね)と決まっていた。最近は,普段万年筆を使っている中学生など希少だろうし,小学生でもシャープペンの方が多いかもしれない。それでも小さい子のいる我が家では,まだ鉛筆がメインだ。そんな鉛筆の歴史を要領よくまとめている文庫本として,「文房具の研究」(中公文庫)がある。黒鉛の棒をそのまま使っていた時代から,近代工業による大量生産に至るまでの技術の進歩,ファーバー・カステルやステッドラー,三菱など,著名なブランドの歩み。日頃身近にあって「こだわり」とは無縁の鉛筆にも,さまざまな蘊蓄があることが分かり面白い。日本で鉛筆の生産が始まったのは,意外に遅く明治20年代であることもわかる。もっとも,我が家での鉛筆のブランド名は,いまのところ遊戯王やポケモンだったりするわけですが....。本書の後半には万年筆の話題もあり。
4月8日 岩波文庫「耳嚢」が今月復刊されます。耳嚢(みみふくろ)は,根岸鎮衛が,天明から文化にかけて30余年間に書き継いだ随筆集で,2000を超える奇談・雑談を集録したもの。要は江戸時代のスリラー,ゴシップ集だ。根岸鎮衛は南町奉行も勤めた旗本で,自然と話の中身も武士階級のものが多いが,医術,とくに痔に関するものもあり,なかなか感心?させられる。当時の世相を知る上で貴重な文献であることはもちろん,(スイスイと読めないのが残念であるが)怪談ものとして楽しめる。耳嚢はもともと,著者の個人的な記録だったようで,門外不出とされていた。しかし,その面白さが徐々に世間に広まり,いくつもの写本が生まれ,我々も岩波文庫で気軽に読めるという次第。
4月4〜7日 新入学シーズンということで,電車も混むし,何かと気忙しい感じですが,日中は26,7℃まで気温も上がり,はやくも初夏の陽気。これからが,私の季節?であります。毎日新聞社は,昨年10月に創刊したばかりの雑誌「ヘミングウェイ」を4月4日発売の4月18日号で休刊。食,旅,住まい,カルチャーなど,50歳代の中高年層向け情報誌で月2回の発行でしたが,編集部のご挨拶によると,『「ゆとり趣味生活情報」をスローガンに,読者の皆さまに楽しんでいただける誌面づくりに力を注いでまいりましたが,諸般の事情により本号(4月18日号)をもちまして一時休刊させていただくことになりました。まだ詳細は未定ではございますが,現在,『ヘミングウェイ』の理念をさらに純化させた新雑誌の刊行を検討しております。再び皆さまとお会いできることを楽しみにしております。』とのこと。年齢的にターゲットでない私は,ちらりと覗いただけですが,たしかに適当な記事の寄せ集めで,これでなければいった魅力はなかったように思いました。ヘミングウェイといえば,「4本のヘミングウェイ」という本がお薦めなのですが,それはいずれまた。
4月3日 創元ライブラリの新刊「文豪春秋」(いしいひさいち)を読む。文壇の長老,有名ではあるが売れない純文学作家・広岡達三を主人公とする四コマ漫画集。「わたしはネコである」と「わたしはネコである殺人事件」からセレクトし,未収録を若干加えたもの。原稿とりに必死の文学春秋社の編集者ヤスダ君や,のんきでとぼけたお手伝いさんとの掛け合いが面白く,頑固で偏屈な作家の日常がよく描かれている。いしいひさいち情報は,問題外論で。
4月2日 新刊「ザ ワークス オブ 書斎館―東京・南青山書斎館から始まるラグジュアリー・ペンの新時代」を読む。その名の通り,青山にあるアンティーク文具の専門店「書斎館」を紹介したもの。一つのステーショナリー・ショップがムックになってしまうのも驚きだが,万年筆やインクビン,雑貨など,眺めているだけでも楽しい本。
4月1日 最近は,出張がしばらく続くと,子供あてに手紙を出すことにしている。元気でやっているか,お母さんの言うことをよく聞きなさい,などと他愛もないことを,その土地の絵はがきに書くだけだが(まだ漢字が読めないのだから),それでも,自分宛の手紙がくると,結構喜んでいるらしい。いま普通の親子がどれだけ手紙のやり取りをしているか分からないが,私は父が外国航路の船乗りで,年に一度しか帰ってこないような人だったので,子供の頃よく外地から手紙を貰った。ある程度年齢がいくと,またこんなこと言ってらぁ,などと感じてはいたが,自分が父親になってみると,これも父にとって一つの楽しみだったのかなぁ,と思う。
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