Diary home_w

過去の日記を読む・・・全文検索(日記・掲示板・その他記事のすべてを検索します)
2002年 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
2001年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
2000年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
1999年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
1998年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月

 
 

9月30日

残った夏休みの宿題をやってるような気分で,岩波文庫「回想  子規・漱石」(高浜虚子)を読む。松山の中学生だった高浜虚子が,当時大学生であった正岡子規や,松山中学に赴任してきた夏目漱石に出会った時の思い出話とその後の交流をまとめたもの。虚子は明治7年,松山藩士の四男として松山市に生まれる。尋常中学校で同級の碧梧桐を通じて正岡子規に師事し,明治30年創刊の『ホトトギス』に寄稿。子規の死後は『ホトトギス』を継承した。のちに碧梧桐の「新傾向」に対し,「守旧派」として対抗した。「虚子」とは,本名の清をつめて子規が命名したもの。子供の健康上の理由で明治43年より鎌倉由比ガ浜に居を構え,寿福寺にお墓がある。

「岩波文庫解説目録」(在庫目録)の2002年版は,9月末に出来上がります(今年からは年1回の発行になります)とのこと。出来たかな?

9月27〜29日

週刊アスキー連載「カオスだもんね」の最新刊第8巻を読む。ガンプラ製作から始まって,自家製ビールやバチンコの秘密など2年位前のネタを収録。このころは,著者水口画伯の家庭問題?,担当編集者アカザー氏の事故など,カオスチーム激動の時期であった。そんなわけで,いまとなってはちょっとツライ話もあるが,再起した画伯に今後も期待。

9月26日

岩波書店から「デイヴィッド・コパフィールド」の刊行について,『なにぶん長い小説であり,今回は新訳ですので,毎月刊行というわけにはなかなかいきません。石塚先生にも頑張っていただいていますが,ひと月おきの刊行が精一杯というのが実情です』というのは,ずいぶん正直な。『第2冊目では,愛のむずかしさ・すれ違いがテーマのひとつとしてあるようにも思えます。ベッツィ伯母さん,エミリー,マーサ,アニー,ミス・ダートルといった女性登場人物のそれぞれの愛のあり方が,たがいに暗示的に関わり合ってそれを浮かび上がらせているように感じられるのです。それから,ユライア・ヒープ,ミス・モウチャーといった,ひどく印象に残るキャラクターも登場します。ぜひ,ご一読ください』 ぜひ読みましょう。

〈全国書店新聞〉【井狩春男の必殺まるす固め】が面白い。『年に1度のオバケが出る。10月23日発売予定の『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』上・下(静山社)だ。これは,絶対に売れてくれなければ困る。万にひとつ,半分も売れなかったら業界は大打撃を受ける。書店さんに予約を取るようにお願いし,その分については,部数は満額回答する。買切だけど……。静山社が考えたこの販売方法は結果オーライだった。200万部も予約が集まったと聞いている。ホントでないにしても,近い数字であることはマチガイないところだろう。人は,予約することに慣れた。・・・』以下はこちらで。

9月25日

「ヨーロッパホラー&ファンタジー・ガイド」を読み終わったのだが,やはり印象に残るのはルードウィッヒ2世とカプチン教会のカタコンベ。有名なロザリア・ロンバルドの遺体にまつわる話も。新しいズーム(Nikon AF-S24-85)で撮った写真がいくつか出来上がってきましたが,以前使っていた24-120や28-135(これはSIGMAだ)に比べてハッキリクッキリな写りに満足。

9月24日

講談社+α文庫の新刊「ヨーロッパホラー&ファンタジー・ガイド」(荒俣 宏)を読んでいます。青ひげ城,怪物ゴーレム,狂王ルードウィッヒ,ドラキュラなど,ヨーロッパ各地の「怪しい場所」を巡るかなり実用的な観光案内。写真が豊富で嬉しい。ちょっと気持ちが悪くなるものもあるが,こんな怪奇ツアーがあったら楽しそうだ。

9月20〜23日

連休続きで,調子が狂っていますが,21,22日と幕張メッセの東京ゲームショーに行ってきました。いやあ,土日それぞれ6万人ほどの人出だったようで,人気ブースの前は通り抜けるのも大変といった感じ。私は,子連れのみ入場でき,比較的空いているキッズコーナーに常駐し,そこからときどきメイン会場へ出撃していました。相変わらずコスプレな人も多数いて,息子はブラックマジシャンガール(みたいな人)がいた!とか結構面白がっていたようです。私はもう少し,コンパニオンのお姉様方ともお話ししたかったのですが....。3日前から並んでいた人もいて,会場周辺には討ち死にし路上で眠り込んでいる人多数。お疲れ様でした。

9月19日

「どこへ行っても三歩で忘れる鳥頭紀行―くりくり編」(西原理恵子,ゲッツ板谷,鴨志田 穣)について。「サイバラりえぞうが,ゲッツ,カモちゃんを引き連れて,ミャンマーで出家し,九州でタコを釣り,ドイツへハネムーンに飛ぶ!悟りを開いたりえぞうが、人生相談もしてくれて…。」ということなのだが,「鳥頭紀行ぜんぶ」や「ジャングル編」にくらべて,今ひとつ毒がない。まあ,結婚式にはある種の?感動はあるが,本書はゲッツに頼りっきり。これからは子供を含めてぜひ家庭内のゴタゴタをふたたび....。

9月18日

前から気になっていた「レンズ汎神論」(飯田 鉄,日本カメラ社)を読む(最近,文庫ばかり買っている身には,税込2940円がちとこたえる)。「カメラに装着されたレンズというのも不思議で,様々な眺めの光は通すが,通したことの痕跡はレンズには残らない。レンズは幾多の光景を眺めたかもしれないが,目前には大きなレンズの局面があるだけだ。」なかなかいいことを言いますね。有名なクラッシックレンズから,ジャンクとして売られているようなレンズまで,豊富な作例と共に記憶に残ったさまざまなレンズを紹介。たしかに,大口径レンズの得も言われぬ輝きを見つめていると,引き込まれそうになります。最近の枚数ばかり多くてレンズが小さくて何処にあるのかわからないようなズームには,愛着が湧きませんが....。

9月17日

bk1では,村上春樹新刊「海辺のカフカ」刊行記念の書評コンテストを実施中です。応募は10月3日まで。大賞1名にbk1ポイント10000ポイント,優秀賞2名に5000ポイント,参加者全員に新潮社特製ブックカバー(革製・文庫用)をプレゼントとのこと。文字数は,600〜800字です。「海辺のカフカ」公式サイトもあります。

9月12〜16日

先週後半より,福島へ出張していました。一人で長時間電車や飛行機に乗る際,何を読むかというのは難しい問題ですね。なかなか駅構内の書店では読みたいものが見つからないし(さすがに上野駅では岩波文庫も一通り揃っています)。今回は身軽に行きたかったので,雑誌など数冊抱えてパラパラ眺めていたのですが,この間出た「読書のたのしみ」(岩波文庫編集部)など持っていけばよかったかなと反省。

9月11日

チョートク氏といえば,ここ数ヶ月,新橋駅近くの文教堂に,彼が主筆を務める月刊「カメラジャーナル」のバックナンバーが増えたなぁ,と思っていたのですが,「カメラジャーナル」の書店紹介みたいな企画の中で,ここを取り上げていたのですね。まあ,入手しやすくなったのは歓迎。

光文社文庫が創刊18周年を迎えた。はじめは,あのギラギラの帯にビックリし,その後もポツポツと出る「趣味本」を手にしてきた光文社文庫だが,今回イメージキャラクターに「チャールズ・チャップリン」を起用して新たなスタートを切るという。『光文社文庫の最大の魅力は,なんと言っても,高いエンターテインメント性です。そこで,その魅力を体現するシンボルとして相応しいのは,「上質なエンターテインメント」の象徴と言えるチャールズ・チャップリンしかないと考えました。堅苦しくなく,でも,流行りモノのキャラクターとは異なる,時代に媚びない普遍性を持ったシンボル。しかも,身軽で自由気ままなイメージのあるチャップリンは,光文社文庫にピッタリです。今回のキャンペーンで登場するチャップリンは,必ず光文社文庫を手にして現れ,その豊かな表情の変化を見せてくれます。チャップリンは,かつて「自分の最高傑作は?」と聞かれ,「次回だ」と答えたそうです。残念ながら,偉大なるチャップリンの次回作が発表されることはもうありませんが,チャップリンも夢中になる(?)光文社文庫の上質なエンターテインメントが,皆さまにとっての「最高傑作」になれることを願っております。』 まあ,チャップリンが,迷惑だ,ということももう言えないわけだが....。

9月10日

皆さんは,初めて自分で撮った写真を覚えていますか。私は写真好きだった祖父のカメラを,いろいろ小さい頃からいじくりまわしていたのですが,一番古い「作品」として残っているのは,小学校の遠足で小田原城や同級生などを撮ったもの。もちろん30数年前のこと,モノクロで距離も露出も目測でしたが,今見てもなかなか良い出来で,あのセンスは何処へいってしまったのだろう....ということはともかくとして,それ以降,つねにカメラは私の傍にありました。現在のスタイルは,オートフォーカスのカメラと超音波モーターの高速ズームレンズという軟弱の極みではありますが,隙あらば這い出そうとする,かつてのマニュアル操作の喜びを,もっぱら経済的な理由で押さえ込んでいるのです。今日読んだ岩波アクティブ新書の新刊「考えるピント」(田中長徳)は,私のようなカメラファンに,自分でピントを合わせて撮る楽しみ思い出そうと呼びかける本。チョートク本に馴染みの人には,いつもながらの節回しを確認するだけで,あまり役には....。

9月9日

岩波文庫新刊「サキャ格言集」。著者サキャ・パンディタのサキャは土地の名で(チベットのラマたちは,自分の出身の寺や屋敷の名前,地位などを名字のようにして使う習慣がある),本名はクンガ・ゲルツェン。サキャ派(Sa skya)は,クンチョク・ギェルポ (1034〜1102)が在家の密教道場として創建したサキャ寺を本拠とする宗派で,クン氏を施主とし,妻帯して後継者を設けた。サキャ・パンディタは4代目。1182年に生まれ,幼くして顕密の教えを学び,23歳の時進んだ学問を求めてインドに赴いた。そこで厳しい学習を通じて五明を修得し,学位を得てチベット随一の智者となった。1239年にモンゴル族の元がチベットに侵攻してきた。元軍は引き上げるに際して,使者をよこすように言い残し,その使者に選ばれたのがサキャであった。サキャは,まだ幼少だった甥のドゴン・パクパ(5代目)を伴い交渉に赴き,チベットはなんとか持ちこたえることができた。その後,ドゴン・パクパは元朝のフビライの帝師となって,チベット支配を代行することになる。サキャは1251年,金剛杵と金鈴を胸部で交差させた姿で亡くなった,その時,金色の光が四方に広がり大空には吉兆が現れたという。火葬にした際に煙は渦を巻いて虹と化し,葬儀に参列した人々は聖なる音楽が鳴り響くのを聴いた。その遺灰は多くの仏舎利となったとされる。昨年,敦煌の莫高窟北区洞窟でバスパ文「サキャ格言」発見という報があり,それによると,「サキャ格言」は,元代にはすでにモンゴル語訳本が出され,その後,数種類の言語に訳されて出版されると同時に,バスパ文,回鶻モンゴル古文,タタール・モンゴル古文で印刷されて伝わり,モンゴル民族に多大な影響を与えて広まった。敦煌本「サキャ格言」は厚手の宣紙に印刷されており,幅25cm,現存する長さは17cmで,もとの文献の中ほど部分で,出土した時は形がばらばらの3枚の紙だった。注意深く合わせた結果,印刷された文字が13行あることが判明,うち11行が読み取れた。完璧なのは2行のみで,あとはそれぞれ傷んでいるとのこと。

9月6〜8日

夏休みも終わったというのに,結局また週末は近所のプールに連れ出され,最後の一泳ぎを楽しんできました。その合間,新宿へ行き,使わなくなったレンズ数本を売り,新しいコンパクトな標準ズームレンズを購入。ここ20年ほど本は売ったことはありませんが,カメラやレンズは結構売っています。資金さえあれば全部抱え込んでいるところなのですが....。ついでに秋葉原へ行き,ソフト屋でゲームボーイアドヴァンスの「遊戯王」激安品を発見。それまであそこにつれてけ,ここにつれてけと言っていた子供が,これ買ったらもう用がないから電車で家へ帰ろう....だって。

9月5日

モーパッサンについて,荷風門下の小門勝二が,「モンソー公園には,荷風の私淑したモーパッサンの石像が建てられていた。この静かな高級住宅街の中にある公園を,モーパッサンが生前愛したように,荷風もまた好んで散歩をし,有名は「モーパッサンの石像を拝す」を書いた。・・・わたくしも荷風の教えにしたがって,モンソー公園に朝の散歩をこころみた。そしてそれを繰り返しているうちに,一つの発見をした。それはモーパッサンの石像が,エッフェル塔にそっぽを向いて建てられていたことだ。モーパッサンのエッフェル塔ぎらいは有名で,彼はそのためパリから逃げだした。それで設計者は,彼の目にエッフェル塔が映らないように,たとえ石の目とはいえ,心をくだいたにちがいない。へそまがりを,死んだあとまで,へそまがりとして通させるところに,フランス人気質があふれていて,わたくしはそれに感動した。荷風は四十数日間,パリの町を歩きまわったのであったが,その間,いちどもエッフェル塔にはのぼらなかった。モーパッサンの心情を踏襲したからであった。」と書いている。

9月4日

岩波文庫新刊「モーパッサン短篇選」を読む。モーパッサンの作品は,岩波文庫創刊の昭和2年に「水の上」が刊行されて以来,早い時期から多くの短篇,中篇が取り上げられてきた。今回久しぶりの新訳,新編集での登場。当然ながら,爽やかな読後感とはならないが,一度読み始めると止めることはできない。モーパッサンの執筆活動は1880年代の短い時期であったが,日本ではすぐに翻訳され,明治期に230点もの翻訳発表があったという。岩波文庫では現在,戦前訳の「脂肪の塊」しか在庫がなく,古書店でも「モントリオル」がなかなか見つからないと言われている。

モーパッサンの翻訳では,青柳瑞穂が有名。甲州に生まれ,骨董蒐集の楽しさを語った随筆「ささやかな日本発掘」で読売文学賞を受賞。戦前から戦後にかけては,阿佐ヶ谷にあった青柳の自宅に井伏鱒二,太宰治らが出入りし,「阿佐ヶ谷会」と呼ばれる文壇サロンとなっていた。夫人と共に裕福な家に生まれ,フランス小説の翻訳や骨董を趣味としていた青柳の仕事は,当時翻訳に対する評価が低かったこともあり,文学者として正当な評価を得られなかった感がある。しかも,青柳は骨董蒐集の金を稼ぐために,本来自分の好きでもない作家のものまで翻訳するようになっていた。戦後の翻訳ブームのなかで,印税はどんどん入ってくるが,すべて骨董につぎ込んでしまう。ついに夫人は「もう疲れた」といって自殺。青柳は,若き日の澁澤龍彦と共訳で「怪奇小説傑作集・フランス篇」を翻訳するなど,怪奇・幻想文学に対する志向があったようで,美しい文体の裏には,モーパッサンと同様の狂気が潜んでいそうだ。

9月3日

続けて,中公文庫BIBLIOの新刊「日本の星 星の方言集」(野尻抱影)を読む。抱影が30年余りかけて各地に伝わる星の和名700種を収集し,その語源を求めたもの。一瞥,普通の星の名もあやしい私にとって,取っつきにくい本かと思われたが,次第に各地方の生活感あふれるユニークな星の名に惹きつけられ,読み通してしまった。圧倒的に多いのが,農業や漁業に関わる名前で,星が人々の生活の中に活きていた時代が偲ばれる。

9月1〜2日

中公文庫BIBLIOの新刊「星三百六十五夜 秋」(野尻抱影)を読む。中公文庫BIBLIOは,「モダンでクール」と自讃するように,なかなか瀟洒なデザインで,表紙も柔らかく手に馴染むのは好感。野尻抱影(のじり・ほうえい 1885〜1977)は横浜に生まれ,早大で同級の相馬御風主宰「白百合」に翻訳を載せたのが文学者としての出発。星に関する夥しい著作がある。作家の大仏次郎は実弟。本書は9月から11月まで,1日1話の星に関わるエッセイをまとめたもの。78年初版の中公文庫版を一部改版したものだが,元文庫とは体裁も構成も異なるのに,奥付に初版78年,改版02年とのみ記されているのはちょっと違和感あり。

home_w